坂口安吾展 あちらこちら命がけ
この部屋の散らかり具合がうちにそっくり、勝手に親近感を抱いている坂口安吾大先生ですが、この「あちらこちら命がけ」という言葉もなんか妙に私に共鳴するところがあって、神奈川近代文学館に行ってきました。
「安吾のお部屋」再現されていました。
本当はもっと汚いでしょうね。
まず実際は床はそう簡単に見えないというのと、この手の汚部屋はごみが地層を形成し、紙ごみが歴史を刻むのです。ある程度は年代順になり、重要度は【最重要】のみがてっぺんに来ます。で、あれがないこれがないと引っ掻き回したりすると、ところどころに地層の乱れが生じるのです。
まあでもそこまで忠実に再現すると、来場者が「うわっ...」ってなりますので、SNS映えするくらいが丁度良いのかもしれません。映えるのか?
坂口安吾は部屋以外にも変な逸話がたくさんあります。
税金を滞納した挙げ句に差し押さえになり、腹を立て税務署と闘った記録、題して「負ケラレマセン勝ツマデハ」。(この「税務署対策ノート」が今回展示されてあって、素晴らしかった)
狂乱状態になりライスカレーを100人前注文、庭の(しかも自宅でなく檀一雄の家の)芝生にカレーが次々と並べられた。
など、色々おかしな方なのですが、同じ無頼派にカテゴライズされる太宰治とは異なる、「生きてやるんだ!」と鬱の泥沼をざばざば蹴り歩くような文体が、前からかっこいいと思っていました。
展示は多角的に彼を紹介していました。私の知らない面がたくさんありました。
私は勝手に安吾を鬱や薬物中毒の苦しみのなかを強かに生き抜いた人だと思っていたのですが、その一面も本当だと思いますが、一方で、多趣味で、生を謳歌している姿がそこにありました。「日本文化私観」「堕落論」等の“人間とは何か”という根源的な問いを徹底して問い詰めたエッセイを残した一方、茶番劇のような小説から時代小説、「桜の森の満開の下」のような怖く美しい作品まで、ジャンルは縦横無尽に渡り、笑っているのか苦しんでいるのか、真面目なんだかおふざなんだか、その表裏一体を、命を燃やしつつ、メビウスの輪のように無限に巡廻して書き綴っている印象を受けました。それは矛盾をはらんでいるけれど、そもそも生きることは矛盾しているのだと、ぐうたらに真摯に、生の肯定を背骨として、生きて書いてみせたのが、この作家の精神の広大さというか、文学というだだっぴろい原野そのものを生きた人だなあと思いました。
生きるか、死ぬか、二つしか、ありやせぬ。おまけに、死ぬ方は、ただなくなるだけで、何もないだけのことじゃないか。生きてみせ、戦いぬいてみなければならぬ。いつでも、死ねる。そんな、つまらぬことをやるな。いつでも出来ることなんか、やるもんじゃないよ。(中略)
戦いぬく、言うは易く、疲れるね。しかし、度胸は、決めている。是が非でも、生きる時間を、生きぬくよ、そして、戦うよ。(中略)
戦っていれば、負けないのです。決して、勝てないのです。人間は、決して、勝ちません、ただ、負けないのだ。
坂口安吾「不良少年とキリスト」
★私的おすすめ、坂口安吾の小説★
「お奈良さま」(1954) (青空文庫で読めます)
(※追記)
今日10月10日は世界メンタルヘルスデー(World Mental Health Day)なのだとか。横浜市庁舎がシルバーとグリーンにライトアップされました。「あちらこちら命がけ」の人々が、今日をなんとか生き伸びることのできますよう、そしてより生きやすい世界になりますよう、祈りを込めて。






