The Crucifixion (Samuel Barber)
今日9月14日はFeast of the Holy Cross(十字架称賛の祝日)、ということでLift High the Crossを歌ったり、祭服も聖金曜日と同じ赤色でした。
私はCommunionで、Samuel Barber “The Crucifixion”を歌いました。
今日のFeast of the Holy Crossは、十字架上の受難よりもその栄光や救いに光をあてて祝う日で、内容の重たい選曲だったかなぁとは思いつつ、でもこの奉唱が礼拝全体を支配するものではないし、罪を省みてこそ救いに至れるわけだし、とか思って自分を納得させました。実は長年歌いたかった曲でした。
サミュエル・バーバーというとやはり「弦楽のためのアダージョ」でしょうけれど、この曲もまた名作のひとつだと思っています。
The Crucifixion
At the cry of the first bird
They began to crucify Thee, O Swan!
Never shall lament cease because of that.
It was like the parting of day from night.
Ah, sore was the suffering borne
By the body of Mary's Son,
But sorer still to Him was the grief
Which for His sake
Came upon His Mother.
磔
初めの鳥が泣いたとき
彼らはあなたを十字架につけ始めた おお 白鳥よ
嘆きは決して止むことがない
それは昼が夜から引き裂かれるようだった
ああ なんと痛ましいことか
聖マリアの御子の体が担われた苦しみは
しかしイエスにとって より痛かったことは
彼が救いを果たすために
母に降りかかった喪失の悲しみだった
バーバーの「隠者の歌 Hermit Songs, Op.29」は中世アイルランドの修道士などが書いた作者不詳の詩を集め、英語に訳された詩を元にした歌曲集です。
この詩の書き手も名前は分からず、分かるのは「斑の書 The Speckled Book」に収められた12世紀の人ということくらいです。
しかし何と普遍的な苦悩の詩でしょう。
キリストは十字架につけられた際、脇腹を刺され、両手両足は釘が貫通し、多数の人に嘲られて、それはそれは悲惨な死を遂げました。
しかし彼にとってはその激しい肉体の痛み、嘲られることの精神の痛みよりもまして、自分の死によって母を悲しませたことが何よりも痛かった、というのです。
The first bird はペテロのことでしょう。彼は一番弟子(諸説あり)であり、後に初代教皇になります。その意味でも誰より先立つ人でした。
いわゆる“ペテロの否認”、「私はキリストを知らない」と三度言った後に鶏が鳴き、キリストの言葉を思い出したペテロは激しく泣いた、そのことからこの詩は始まります。
Swan はinnocentの(無実である、無罪である)キリストを、the first birdの対比として象徴的に表していますが、白鳥も鳥であり、つまりthe first birdと同じ命であったところに目を向けたいです。
“O Swan!”...... 例えばこれが、“O God!”あるいは“O Lord!”という言葉だったらどうでしょう?
宗教詩にはなり得ると思いますが、“強い存在”過ぎて、ちょっと我々人間との距離を感じてしまうかもしれません。詩人は神の全能性よりも、イエスは自分たちと同じ体を持っていた、同じ弱いいのち、弱い生きものだったのだと表したかったのではないかと思います。
It was like the parting of day from night.
の一行も衝撃的です。
これは創世記1章1節にある、あのブ厚い聖書をペラリとめくった最初の1ページに繰り返し書かれている、
夕があり、朝があった
And there was evening, and there was morning
を想起させます。
神が最も初めに創られた、絶対に揺るがない秩序が、引き裂かれるようだった。
これほどむごいことは絶対に有り得ないはずだった。
朝の来ない夜が永遠に続くようだった。
バーバーはこの詩を発見した時、「これは絶対、俺が作曲する〜!!」とお思いになったことでしょう(たぶん)。
こちらは楽譜の冒頭です。
ピアノの前奏に半前打音が3回あるのは、ペテロが聞いた鶏の鳴く声でしょうか。バッハの受難曲などにある鞭のフィグーラにも見えます。
いずれにしても、この音を聴いた瞬間「ああ、何てひどいことをしてしまったのか」と思い出さずにはいられない、というような音。
この歌曲集のなかでもThe Crucifixionが群を抜いて人気で、YouTubeで「Barber crucifixion」のように検索すると海外の方の演奏動画がたくさん出てきます。
歌曲の世界においては、名ソプラノがレパートリーにしてきました。
レオンティン・プライスという歌手がこの曲(The Crucifixion)を歌っているのをバーバラ・ボニーが聴き、「こんな風に歌わなくては!」と衝撃を受け、以来、教会のコンサートなどでよく歌っていたと、何かのインタビューに書いてありました。
Leontyne Price レオンティン・プライス
Barbara Bonney バーバラ・ボニー
そんな名歌手の足もとにも及ばない私ですが、自分も大事なレパートリーにして、折を見てまた歌いたいと思います。



