Forgive but never forget
戦後80年となる今年の8月は各地で平和を憶えて祈る場が開かれており、私も短い時間ではありますが、その時を過ごしました。
8月2日は第31回英連邦戦没捕虜追悼礼拝に参列しました。こちらは保土ケ谷の英連邦戦死者墓地にて毎年行われています。
実行委員会の代表を務められている渡健太郎さんは、“何が戦争を生み出しているのか?”ということについて、「憎悪のピラミッド」の話をされていました。以下の順で人間は戦争へ向かうのだと語られていました。
「先入観による行為(冗談・うわさ・敵意の表明・排除する言語)」→「偏見による行為」→「差別行為」「暴力行為」→「ジェノサイド(意図的・制度的な民族の抹殺)」
強い権力による支配構造から戦争が始まるのではなく、敵意を持ち、それを表明することから生まれるのだと。個人の姿勢は戦争とは無関係ではないということです。考えさせられました。
あざやかなお花が綺麗。
悲惨な亡くなりかたをさせてしまったから、その事実を超える美しい場所で、眠っていてほしいです。
8月6日はフェリス緑園チャペルのサマーリトリートに参加しました。
フェリスのキリスト教センター(旧: 宗教センター)主宰で、聖書朗読と音楽による賛美、先生方のお話があり、「広島のための祈り」「悔い改め」「平和の祈り」の3部構成によるお祈りの時間でした。
宗教主事の相澤一先生は、“悔い改め”とは関係の回復そして回復された関係の維持であり、聖書において、帰ってきた放蕩息子が父親の腕のなかで抱く感情だと仰っていました。タイのカンチャナブリ(映画「戦場にかける橋」の舞台)の話をされ、日本の戦争の被害だけでなく、加害の歴史も知ってほしいと...それは私が数日前に戦没捕虜追悼礼拝に与って憶えたことと重なる内容で、被害を訴えるだけではなく、個人が自己に根を張る加害の芽を見つめること、真摯に赦しを乞うこと、その悔い改めこそがキリスト教信仰における極致だと、あらためて分かりました。
久しぶりに緑園のチャペルにうかがえて嬉しかったです。静かで、明るくて、どこの教会とも礼拝堂とも違う祈りの込められたところで、卒業してもその祈りに立ち帰れる場所があるというのは、本当に尊いことです。ありがとうございました。






