Laetare Sunday


 Rose Sunday のことを書こうとしたらあの司祭の着ていた祭服の色、
ローズピンク?サーモンピンク?と思い巡らし、気がついたらお気に入りのコントを思い出して、見ていた。




何を見てるんだか。エレキテル連合、素晴らしいな、しかし。

話を戻そう。
鮭色、いや薔薇色の祭服が見られるRose Sundayは年2回、レントの第4主日(Laetare Sunday)とアドベントの第3主日(Gaudete Sunday)だけ。
今年は3月10日がそのLaetare Sundayにあたり、IntroitのPlainchantとCommunion Anthemを奉唱した
Anthem はオルバンでも歌ったAus Liebe、この日はリードオルガン、フルートとのアンサンブルだった。歌+オルガンももちろんいいけれど、フルートという"息"が一本加わるだけで、こちらも音楽的な意味でも霊的な意味でも"息"が増し加わるように思う。

ところで、なんでLaetare Sundayかっていうと、この主日のIntroitが "Laetare Jerusalem..."ということばによって始まるからで、これはイザヤ書の66章10節から来ている。


エルサレムと共に喜び祝い
彼女のゆえに喜び躍れ
彼女を愛するすべての人よ。
彼女と共に喜び楽しめ
彼女のために喪に服していたすべての人よ。


いやしかしレント中だろ、これからイエスさまは十字架にかかるんだろ!そんなハッピー(☆∀☆)な歌を歌っていいのか?と思われる人もいるかもしれない。
でも適当で豆腐メンタルな私なんかは思うに、レント中、こんな日でもないと、めげちゃう。
霊的チートデイみたいなものなんじゃないか。語弊。ある。

まあそれもそう、なのかもしれないが、神さまが人の姿で地上に降りてきたこと、そして十字架にかかるということさえも、それは我々人間を打ちのめし、死なせるためでなく、むしろ生かすため、であり、神さまは人間に喜んで生きてほしいと切に思っている、なぜかって、大切だから、愛しているから、いちばんに愛してるから、それをわかってほしい、とにかくわかってほしい、わかってほしいから十字架にかかるのだ。
ということを思い出すため、なんじゃないでしょうか。このLaetareは。

沈黙のなかから、"Rejoice, ye with Jerusalem..."ということばが立ち上ぼると、ああ確かにそうだったよな、と思う。
Rejoice always, (第一テサロニケ)だったよな。そもそもそれを忘れないように、神さまは御自身と私たちとを見えない絆で繋ぎ留めてくださっている、と気づかされる。
何もイースターを前にして浮かれポンチになるってことではない。真の意味での喜びを探そう。

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