待降の季節に

 サウナブームにあやかって(?)私もサウナに行ってきた。といっても都心のオシャレサウナではなく横浜のとある町の小さな銭湯に付設された小さなサウナである。そこから二、三軒隣の距離に、ネパール系のリーズナブルで美味しいカレー屋さんがあり、サウナ→カレーの流れが最高にチルい。


浴場から出て体を拭いている時に隣に人が来たので、邪魔にならないように荷物をどかしていたら「あわてなくていいよ」と言われた。さっぱりした心身に響くその一言は、天使の一声のようだった。

私は生来のんびりしていて、急かされることを何より嫌った。でも今、私は人を急かしてしまっていないか、と思うことがある。口で言わなくても、自分がせかせかと動くことで人を置いていっていないか。

あわてなくていい。そうだった、と思う。


そもそも焦って追いつくはずのないことを追いかけたって、心だけが消耗して得るものは何もない。

思えば私がコンテンポラリーアートが好きだと思ったのは、そこだった。作品が問いかけてくることに、考えても答えが出ない。でも答えが出なくていい。作品がそこに立って、待ってくれているように思えた。


私はゆっくりした人間である以上、待つ人でいたい。待てる人でありたい。

なぜなら私は知っているから。

すぐには分からないことも、ゆっくり考えれば様々な答えを導き出せること。

その場ではパッと言えなくても、ゆっくり準備すれば明確に説明ができること。

あわてるとできなくなることも、ゆっくりやればできるということ。


そんなことを主を待ち望むアドベントに思う。

神さまだって、我々が待っている以上の、とんでもない辛抱強さで、いつも待っていてくださっているのだからね...

人気の投稿