ソプラノ、フリューゲルホルンとオルガンのための「讃歌Ⅱ」

 11月4日に松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)で行われた今井奈緒子先生のリサイタルで、坂本日菜さん作曲のソプラノ、フリューゲルホルンとオルガンのための「讃歌Ⅱ」が初演された。


左から原田靖子さん(前・松本市音楽文化ホールオルガニスト)、私、今井奈緒子さん(オルガン)、鈴木美紀子さん(ソプラノ)、神代修さん(トランペット/フリューゲルホルン)、坂本日菜さん、小林淳子さん(オルガンアシスタント)。

心の込もった素晴らしい演奏だった。
自分の詩が美しい響きになってこの身体に降りそそぎ、心に沁み、魂に帰ってくる。何とも形容しがたい尊い体験だった。

「讃歌Ⅱ」は、私の「讃歌」から以下の4編が採用された。

明滅
まなざし
薄明
声に

この作品は、今井先生と日菜さんの共通の友人であるオルガニスト、平中弓弦さんのために作曲された。デンマークに在住の平中さんは突如、病に冒され、今も重篤な状態にあるという。
私は平中さんとは直接の面識はないが、日菜さんから彼の話をよく聞いていた。日菜さんと平中さんは大変仲が良く、彼は世界中を飛び回って、たくさんの教会やコンサートホールで日菜さんの曲を何年にも渡って演奏し、広めていた。誰よりも日菜さんの音楽を愛している演奏家の一人だと断言できる


(松本市の新聞「市民タイムス」 10月26日の記事)

私が詩集「讃歌」を書いたのは、平中さんが病に倒れるより前だ。
それなのに、その詩は平中さんのことを思い祈ることと、不思議と一致した。


わたしには聞こえていて
わたしでは届かない
神さま この切り刻まれた
道を歩む人と 共に歩んでください

(「まなざし」より)


突然断たれた道、あるいは傷だらけの道。
私には、そのような道を歩む人の苦しい叫びがはっきり聞こえているのに、その人のそばにさえ行ってあげられないときがある。
祈ることしかできないときがある。
そのことの無力さ。


今井先生は演奏の前に、「この曲を平中さんに、また同じような苦しみのなかにある人、その苦しみを見てどうすることもできない苦しさに抱えている人に、祈りを込めて演奏したい」と仰っていた。
(記憶が改竄されて違っていたらすみません)
舞台に立つ三人が、心を合わせて歌い、奏でてくださっていた、そのあまりに真摯な優しい音と姿に涙があふれた。
私はその音楽によって、改めて思い知った。
祈りが愛であるならば、それは決して、無力ではないことを。
それは本当に人の魂を救うのだということを。


あのひとの手の やさしかったように
あなたの手が あのひとの 
涙をぬぐいますように

(「まなざし」より)


あるとき、日菜さんが「平中さんがオルガンを弾く手は、すっごく優しい手なんだよ」と言っていた。
そこにあるのは確かな愛の記憶だ。
そのやさしい手を思い出していくことを、その手のやさしさをたずさえていくことを、離れても離れてもふたたび手を繋いでいくことを、私たちはあきらめないでいよう。


哀しみのなか 歌を聞く
あなたへ祈る歌を聞く
主よ 愛しきその声に
わたしは何と応えよう

   主よ わたしのこころにも
   いたみをこえる歌がある
   歌よ祈りになりますように
   あなたに あなたに この歌を

(「声に」より)


この作品に関わってくださったすべての皆さま、本当にありがとうございました。



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