風のなかで 「讃歌」


風のなかで




この風が
わたしを呼ぶ
はじまりの日の
まだつめたい朝の
こころに吹いてゆく
わたしは風のなかに立ち
語られきらめく願いの破片を
掴みとって空へと手をあげよう
未来をあげよう やがて生まれる
そしてもう生まれたきみに何度でも
薔薇の咲くように渡り鳥の来るように
胸のふるえる季節がきみを迎えるだろう
この地上の輝きの上をずっと歩いてゆこう
なにもかも手ばなしなにもかもたずさえてゆこう


この風はきょうのわたしのもとにさえも吹くのか
この枯れた麦の穂はひとつの燃える種になる
なにもかもおもいだしなにもかもわすれて
それでも炎だけは胸のなかにいるだろう
わたしのからだなど朽ち果てればいい
わたしの小さな帝国も棄てればいい
風のなかでわずかに火が揺れる
明るさだけが永遠にいるのだ
くるしい季節も過ごした
きみに会うためだった
風のなかのきみの目
終わらない輝き
すべて愛しく
もう明るい
ゆこう



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「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
 この僕を安らかに去らせてくださいます」


          (ルカによる福音書 2:29)



ソプラノとオルガンのための「讃歌」、三曲目にあたる「風のなかで」は、元の詩は縦書きで図形詩の形を取っている。


            「神殿奉献」 アールト・ド・ヘルデル作

基になるのはルカによる福音書、いわゆるシメオンの賛歌(Nunc Dimittis)と呼ばれるところ。
エルサレムの神殿で、シメオンはヨセフとマリアに抱かれていた生まれたばかりのイエスに出会う。
シメオンは、「主が遣わすメシアに会うまでは決して死ぬことがない」というお告げを受けていた。長年待ち望んでいた救い主の姿をやっと見ることができた彼は、イエスを腕に抱き、こう言う。

「主よ、今こそあなたはお言葉どおり、この僕(しもべ)を安らかに去らせてくださいます」

このシメオンの慎ましい美しさ、そして幼子イエスという存在自体の光からインスピレーションを受け、始まろうとしているいのちと、終わろうとしているいのち、ふたつの魂の邂逅を書いた。ふたりは出会い、"ゆこう"とする。生きようとする。未来に向かって、天に向かって。それぞれの魂を再生させ、生命を輝かせる、大いなる風...... 聖霊の息吹に満たされて。 


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