征矢泰子詩集「すこしゆっくり」
「現代詩ラ・メールがあった頃」にはラ・メールにいた詩人の詩が数多く紹介されているが、私がこれまで知らず、かつとても惹かれたのは征矢泰子さんの詩だった。
先日「ケトルドラム」に赴いた際、詩集「すこしゆっくり」が置いてあったので、読んできた。
ラブ・レター
わたしのそとで
年老いはじめ病みはじめた世界の
潮騒のような嘆きを知りながら
わたしは一切に目をつむり
一切から手をひいて降りていく
わたしのなかへわたしのなかへだけ
もう 愛さなくなったのでなく
なおさら愛しはじめてしまったために
わたしは降りていくわたしのなかを今日も
昏く閉じている光のない長い一日
わたしのそとに
現在(いま)も誘うまぶしい真昼の光を知りながら
みんなで手つなぎ歌い
抱きあって火もやし励ましあう
あたたかい幻の一切を捨てて
わたしは降りていくわたしのなかをひとりで
われとわが身くぐりぬけて
わたしはわたしの最果てを見極めねばならない
世界よそこで
おまえの中心と媾合するために
おまえに向って
わたしは降りていくわたしのなかを
どこまでもいつまでも
この詩を読んだとき、病的で根源的な深い孤独を、その果てを見るということを、こんなふうに書けるのか、と静かな驚嘆を覚えた。柔和過ぎず硬過ぎないなめらかな語感の奥に、知性の幹があって。
まぶしい真昼の光が誘ってくるのを知りながら、一切から手をひいて。
この“降りていく”ことの決心に共感してしまった。それを「ラブ・レター」だという…凄い詩人がいるものだなあと思った。
詩人は天に帰っても、詩は地上に生き続ける。人の心を漂流しながら。
征矢さんの詩が私に漂着して良かったと思う。心から。


