現代詩ラ・メールがあった頃
聖蹟桜ヶ丘のカフェ「ケトルドラム」へ。
この辺のゆったりとしていて、文化の漂う雰囲気が好きだったりする。乗り換えで分倍河原駅を降りると、空気が全然違う。
「ケトルドラム」は、吉原幸子さんと新川和江さんの主宰していた女性詩人のための詩誌「ラ・メール」の編集をされていた棚沢永子さんが、ご夫婦で経営されている。私が吉原さんのファンだというと、貴重な資料をたくさん見せてくださり、ありがたいことにご著書までくださった。
「現代詩ラ・メールがあった頃」。
この本、あまりに凄すぎて感想を書こうにも結局まとまらずじまい...。棚沢さんの文章がとにかく素晴らしく、単なる過去の事実の記述ではない、そこに生きて心を交わしたからこその、時間・空間を超えて生きた言葉、読んでいると、映像を観るよりも鮮明に“そこにいる”感覚になる。これぞ言葉の力だ、と思う。こんな読書体験は今までになかった。
読みながら声に出して笑って、たくさん泣いた。
吉原さんの人となりが気になって読んだけれど、ラ・メールにいたたくさんの詩人の詩に触れられたのが本当に良かった。詩を読むことはその人その人のいのちに、心に、触り、ぶつかることだった。
本をいただいた御礼も兼ねて(と言いつつ長居させてもらっているだけだが)、ゆっくりした。
ピラフもコーヒーも、とてもおいしい。
「ラ・メール」関連の写真も、たくさん見させていただいた。会員のコミュニティスペース(ポエトリースペース〈水族館〉)に集って、歓談する詩人たちの姿。生き生きとした熱気が伝わってきた。吉原さんは若い頃の美貌のイメージが強いけれど、お年を召されてからもとってもカッコ良かったんだなと思った。
雑誌「ラ・メール」を初めて読んだ時、「私のまだ知らない、こんなに知性が炸裂した詩があるなんて~!!」と衝撃を受けた。どの方の詩でそう思ったのか忘れちゃったけど。
あの時代、1983年から1993年にかけて、今以上に女性が男性を立て、男性に従い、男性の好みに合うよう振る舞うことを強制されていた時代において、「ラ・メール」は、女性たちが自らの魂を解放できる場だったのだろう。自己の真実が書けた。思いを交わせた。堂々としていられた。それで救われた女性がたくさんいただろう。
吉原さんらがやり遂げた功労を知って、私にできることがあるとしたら何だろう...と思わず考える。
まずは、自分らしくいることかな。




