「遊ぶ金が欲しかった」
儲けようとして詩を書く人などいないだろう。どうにかして儲けに繋げようとする人はいるとしても。むしろカネに支配されないでいられることが、詩の大きなポテンシャルのひとつだと私は思っている。どんなものでも、良いものを生もうとするとカネが要る、そんな世の中で、カネがなくても良いものを書けるのが詩の世界だ。極端な話、心さえあれば家を失っても詩は作れる。誰が見なくても神は必ず見ている。詩は、われわれを高みに連れてゆくものであり、同時に、低みに降り立ってゆけるものなのだ... そう、受肉がキリストの宿命であったように。

