聖母マリアの祈り

 仕事を終えたあと、ふと行きたくなって東京カテドラル聖マリア大聖堂方面へ。なんとなくあの周辺の雰囲気が好きだ。聖堂は17時を過ぎて閉まっていたので、駐車場の方にあるルルドを見てきた。西日が聖堂の壁に反射してルルドの祭壇を照らし、洞窟の中が金色の輝きに満たされた、なんとも神秘的な光景を目の当たりにしてしまった... スマホの電池がなくカメラも持っていなかったので収められなかったけれど、あれは多分画像にならない、時間だった。この夕陽の当たりまで計算して建築されたのだろうか?

祈る聖母マリア。“祈る姿”に、どれほどの人が心を救われてきたことだろう?私はカトリックではないけれど、マリアさまの姿そして心に触れるとき、心があたたかくなる。一緒に祈ってくれているということ。私が生きてきた間だけでも、今までに起こったカタストロフもパンデミックも、すべての人とぜんぶを一緒に見てきた。神さま、苦しいよ、という声も、神さま、何でこんなことするんだ、という声も、ぜんぶぜんぶ聞いてくださっていたし、みんなが寝静まって、神さまのことを忘れかけてしまいそうな時でさえ、ずっと祈っている。

忘れないように、私たちがいつかありがとうと言えるように、マリアさまはいつも立っている。祈っている。だから、私たちが祈ることも、無駄なんかじゃないよ。そこに祈る人がいることで、こんな絶望のなかでさえも祈るサイドに立ってくれる人がいるのだ、ということを、知ることで救われる人もいるから。

と言われているような気がした。夏の終わりの夕方。

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