Behold the Lamb of God

 先日、翠の風でメサイアの「Behold the Lamb of God」を練習していた時に思い出したことがあった。


このテキストはヨハネによる福音書の1章29節である。

洗礼者ヨハネ(この福音書を書いてるヨハネとは別人。ややこしい)が、ファリサイ派の人たちにお家芸のようにダル絡みされ、「おまえはエリヤなのかい、預言者なのかい、どっちなんだい!」と詰問された際、「どっちでもない!パワー!!」と答えたらしい。脚色しています。

その翌日、洗礼者ヨハネが自分の方へ歩いてくるイエスを見てこう言うのである。


「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ。(Behold the Lamb of God, that taketh away the sin of the world. ) 以下どうたらこうたら。」


俺じゃねえのよ。この方なのよ。

私にとって、新鮮な?目線だなあと思うのは、イエスが地味に歩いてこっちに来るということ。

天におられる私たちの父に向かって、祈りを捧げ崇め奉るやり方が、現代人クリスチャンにとっては通常営業なので、なんかこう、神さまがわりと、ていうかかなり、近いなと思う。

ちなみに同福音書20章によれば、イエスは復活の際も地味で、墓の外で泣いてるマグダラのマリアの後ろに立っていて「婦人が泣いてるのなぁぜなぁぜ??」と話しかける。脚色しています。あまりに地味すぎる登場に、マリアは最初イエスだと気づかず、庭師(園丁)のおっさんと間違える。


それで思い出したのは、何年か前にルーファス・ミュラー(Rufus Müller)先生のマスタークラスで、PurcellのMorning Hymn(Eveningではない)...Thou wakeful shepherdを歌った際、先生に言われた言葉。


「この時代の神さまは、天上にいるんじゃない。すぐそばにいて、ハグやキスをしてくれる神さまなんだ。だから、“すぐそこ”にいると思って歌って!」


と、目の前の空間を指差して仰ったのだ。


ああ、ほんとうにその通りだ、そんなに近くにいてくださるんだよな、と思った。


今も、そうだよな...。


ルーファス先生のEv'ry valley。

人気の投稿