And with His stripes we are hearled

 先週は、合唱団「翠の風」でメサイア練習。


And with His stripes we are hearled.

(彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた)


22番は、たったこれだけのテキストの繰り返しだが、キリスト教が何を示し、それを信じる者が何を信仰しているのかを端的に、明確に表していると私は思う。

イザヤ書53章5節。


多くの教会の祭壇には十字架がある、屋根の上についていたりもする。教派によっては、信徒は胸の前で十字を切って祈る。

わたしたちはいったい、十字架の先に何を見、何を信じているのか。


キリストの体に縞のようになるほど鞭を打ち、重い傷を負わせたのは、わたしたちだ、わたしだ、ということ。

いやされることを願っているのではなく、わたしたちは“すでにいやされた”のだということ。

突きつけられていることと救われていること。





ヘンデルは、このテキストに十字架のモチーフを用いた。

この曲を歌うたびに、十字架を思い起こせ、と言われているような気がする。

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