血に染まり、火に浄められる祭壇
母教会の赤い祭壇を見たあとに、他教派の教会や礼拝堂で赤い祭壇を見ると、なんだか胸が熱くなる。
教会の祭壇が赤いのは、聖霊降臨日だけではない。聖人の殉教を記念する日、そして聖週間と呼ばれる、キリストが磔にされるまでの、あの凄惨な迫害のなかにある週も、赤い。血に染まった色である。
聖霊降臨という喜びのクライマックス、受難のクライマックス、その両方で祭壇は赤だ。ペンテコステの火に染まった聖卓に集い、喜び祝うとき、私たちの、いや私の、深い罪ゆえに、あの痛ましい血が流されたことが、決して無かったことになるのではない、ということを、思い知らされる。
赦されるということは、忘れてくれるということではない。
覚えながら、覚えられながら、新しくされる。
神の赦しによってのみ、それが喜びにされる。

